2007年12月

2007年12月に関する記事です。

 
2007/12/31(月)

時事ネタの感想

2007年も色々ありました。久しぶりに時事ネタで行こうかと思います。2007年の印象に残ったニュースをリストアップして個人的感想を書いて見ます。

≫続きを読む

2007/12/05(水)
ジャンプの隣に「近代麻雀」があったのでつい一緒に買ってしまった。ジャンプよりも熱心に読んでた時期もありました。最近、地球環境のことを考えていたので、その関連かはどうか分かりませんが、麻雀ネタでも書いてみようと思います。

連載漫画のなかでも、とりわけ「むこうぶち」が好きでして、謎の青年「傀」がなんとも魅力的です。1年ぶりくらいにみたら、今回は、なんと安永のオッサンが傀に挑んでる!? いつもは偉そうに薀蓄を垂れながら、傀のおこぼれにあずかってるような感じでしたが・・・傀の「御無礼」は阻止したものの、見事にコロされていました。
「むこうぶち」について語りだしたら止まらないので、この辺にしときます。「アカギ」がまだ鷲巣とぶってました。あとは、荒正義さん監修の「リスキーエッジ」・・・はのってなくて、「どうするジロー」。荒正義って冷静な現実派と思ってたんですが、いつの間に夢を追いかける派になったのか? 

【頭がいい人、悪い人の麻雀】福地誠


456778 (3)(5)(7) 五六七 東東   (ドラ東、順目、持ち点不明 東家)



本気なのか冗談なのかは知りませんけど、ここから7s切りが、「頭のよい」福地センセーの選択だという。2chは(3)派だそうだ。ちなみに私もほぼノータイムで(3)。東風超ランあたりの人らも、だいたい3pなんでは?
本線は567の3色ではありません。狙いは(3)(5)(7)全部捨てて、マンズやソーズの複合形に期待です。だいたい上のイーシャンテンからは、ソーズが先に入る確率のがずっと高いわけですが、そうなったら、カン4やカン6でリーチ? それって、すごくショボくありませんか~。

そもそも、この手はゼッタイあがりたいわけですよね。だとしたら、オリは考えない。相手がよっぽど速攻で来たら別ですが、ドラが東である以上、そのケースは少ない。ここは、リャンカンの愚形は見切って、リーヅモか、相手の先制リーチをつかまえるか、そういう戦略で行く手だと思うのです。

リャンカンの発生するケースを調べると、その色はトイツ系の可能性がかなりある。順目にもよりますが、五六七は2メンツと考えてもよいのです。

以上のことを1秒くらい考えて、(3)をばしっと捨てます。わが選択にいっぺんの悔いなし~。

・・・しっかし、「頭のいい人」って何なんでしょうかね~w 高学歴とか理論派とか自称する人たちの麻雀は、長期的に観察してると、愉快ではありませんが、なかなか面白いです。まあ、要するに、「笑えない冗談」という奴です。頭の悪い人なりの表現をさせていただくならば、「麻雀は打ち手を映し出す鏡」である、とでも言っておきましょ~か。

ちなみに、私は、学生レートのフリーによく行ってますが、場代浮き+αの成績です。これくらいの成績ですと、「いつも勝ってますね~」って言われたり、卓に入るとラス半されたりするけど、負けるときは負ける。

そういえばショーイチさんも相変わらず元気そうでしたね。雀鬼会は、もう一般人から遠いところに行ってしまったのかもしれませんが、やはり気になる道場です。ショーイチさんを知らなければ、私は麻雀なんかやってなかったと思います。「無敗の手順」の牌譜を、むさぼるように繰り返し読みました。一度は「牌の音」へ行ってみたいものです。
2007/12/01(土)

▼ 判定者はだれ?


手塚治虫の漫画と、最近の週刊少年ジャンプの人気漫画はどちらがより評価されるべきか? 
某巨大掲示板で、そんなテーマのスレッドを見つけたので、つい時間を忘れて読んでしまいました(ちなみに私は某巨大掲示板に何か書くと「チラシの裏に書け」「KY」といわれるのが関の山だし、時間がないので議論には参加しませんが・・・)。

vs議論をするなら、判定者が必要だろうけど、判定者は誰に頼むべきか? 私はこれについて考えてみたい。そうすれば、「手塚漫画vs最近のジャンプの人気漫画」の答えもおのずと出てくるだろうから。

▼ 80:20の法則


世の中のもろもろの事象は、おおまかに「80:20」に分かれる傾向がある、という”80:20の法則”がある。世の中のほとんどの人が漫画を楽しんだことがあると仮定しよう。まあ、現在のところ、80%の人(=一般人)は、「漫画なんてものはせいぜい高校生までの読みものだ」、という認識だろう。この80%の人(=一般人)の人間にはvs議論の判定者の資格があるか? という話なら、「ある」、といわざるをえない。なぜなら、週刊少年ジャンプという媒体は、そういう80%の人(=一般人)をも対象にしているのだから。

▼ 一般人の漫画に対する認識


一般人曰く「漫画はエンターテイメントであるべきで、その評価は人気で決められるべき」
話を単純化するために、この認識を正しいものと仮定する。週刊少年ジャンプの方針は、「エンターテイメント」「人気」を重要視しているのは、誰の目にも明らかであろう。

ところで、エンターテイメントとは何か?
一般人曰く「エンターテイメントは現実から切り離されたもの」

これもまた、週刊少年ジャンプの漫画に風刺精神が欠落していることを見れば、納得しやすい定義じゃないかと思われる。

とすれば、もしvs議論の判定を80%の人(=一般人)だけにゆだねるとすれば、「週刊少年ジャンプの最近の人気漫画>手塚漫画」という答えが出てしまう。「ドラゴンボールは、火の鳥やブラックジャックよりも、評価されるべきである」というわけだ。上記の某巨大掲示板のスレッドにも、それを主張する人が何人もいた。確かに、多数決で決定するなら、残り20%の意見などものの数ではないから、その結論で終わりだろう。

▼ 「漫画」の立場にたって考えるなら


しかし、考えてみれば、手塚治虫の漫画人生は、「漫画はせいぜい中学生までの読み物」といった、漫画に対する低い扱いへの抵抗ではなかっただろうか。手塚治虫の最大の業績の一つは、社会における漫画の地位向上ではなかっただろうか。日本のアニメや漫画が海外で評価されるようになったのは、漫画やアニメ業界の人々による地位向上の努力が評価されたからではなかっただろうか。

週刊少年ジャンプは、「漫画はせいぜい中学生までの読み物」という需要に応えるための雑誌だろうか。もしそうなら、ジャンプにとって、手塚漫画は決して相容れないものに違いない。もし週刊少年ジャンプがそれだけの雑誌であるなら、手塚治虫の作り出そうとした時代の流れを逆流させようとしている、ということになるだろう。

▼ サブカルチャーの時代


かなり乱暴に話を単純化させてきたが、現在、日本の漫画が社会のなかで得た地位は、何も手塚治虫だけの功績によるものではないことは言うまでもない。しかし、時代は、手塚治虫の努力と同じ方向に進んできたことは確かだろう。もし、「漫画の神」なるものが存在したとすれば、現在に至るまでの漫画の地位向上を喜ぶのではないだろうか。もし「漫画の神」が、このvs議論の判定者となったら、その判定は自明のように思われる。

ジャンプがナンバーワンの座を占め続けるには、80%の人(=一般人)の読者をも取り込むことも重要なのだろう。それにしても、手塚治虫のように、残り20%の立場から、80%の人(=一般人)へ訴えかけるやり方は、かなり不器用なのかもしれない。80%の人(=一般人)の立場から、80%の人(=一般人)の人間に訴えかけること、この方がスマートなのかもしれない。

週刊少年ジャンプという雑誌に忠誠を誓っていると、いままで私は何度も書いてきた。半分は冗談ではあるが、半分は本心である。だからこそ、私はあえて言いたい──「ドラゴンボールの栄光はもう忘れよう」。というか忘れてくれ。なぜって、その先には手塚以前の時代へ向かう下り坂はあっても、未来はないのだから。

BLOG MENU

 | 週刊少年 | 
Page Top ↑
このページは2007年12月に関する記事です。
Mail:kenko321@mail.goo.ne.jp
copyright (c) kenko321.blog92.fc2.com All right reserved.